日本ウルグアイ友好親善協会、ニュースレターNo. 25

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2003年6月

懐も寒い冬

6月、ウルグアイは真冬です。モンテビデオは雨が多く、気温も10度C前後で寒い日が続いています。この半年間、アルゼンチンの経済状況が小康状態ですので、ウルグアイも安定しています。ウルグアイの国内銀行は4行とも、清算になりました。資産を売却して債務に充てます。ウルグアイでは、昨年1月、1ドル14ペソだったのが、8月には、1ドルが30ペソ(アメリカドル、ウルグアイペソ)まで下がりました。今年は少しペソが回復して、2003年6月末現在、1ドルは、26ペソとなっています。2002年の物価上昇率は20%でした。バス代、タクシー代、電気、水道、電話代など公共料金は、皆20%値上がりしています。

アルゼンチンでも、昨年1月、1ドルは、1ペソだったのを、1ドルを1.4ペソに切り下げ、その後すぐに、変動相場制に移行して、6月には、1ドルが4ペソ(アメリカドル、アルゼンチンペソ)まで下がりました。2003年6月現在、1ドルは、2.8ペソまで回復しています。

 ウルグアイは失業率が約20%ですが、犯罪が多発するような状況にはなっていません。アルゼンチンでも失業率は20%になっています。アルゼンチンの治安は悪化し、特に、ブエノスアイレスで強盗、誘拐が多発しています。2001年にはほとんどなかった営利誘拐事件が2002年には160件起きています。日本の外務省の海外安全情報でも、2003年5月現在、アルゼンチン全土が危険な状況にあり、充分な注意が必要と警告を発しています。

ブラジルも失業率は相変わらず20%台にあり、アルゼンチンよりも危険な状況にあります。サンパウロでは失業率20.6%、2003年4月の失業者数は、194万人を超えています。ブラジルは特にサンパウロ、リオデジャネイロなど大都市圏で犯罪が多発しています。日本外務省のブラジルの海外安全ホームページに詳しく書かれていますが、サンパウロの治安状況は深刻な状況のようです。信号待ちで一時停止している車を狙う強盗が多発し、誘拐事件は、2001年307件、2002年356件と増加しています。リオデジャネイロでは、2002年の殺人事件は7000件を超え、2003年は2002年と比較して殺人事件が20%以上増加しています。

 ブラジル社会の暗い面が強調されましたが、明るい兆しもあります。農業分野において、今年の穀物の収穫予想は、1億1400万トンで、昨年より16%の収穫量増加が予想されています。農産物の輸出額から食品、機械類の輸入額を差し引いた、農業分野の貿易収支は200億ドルの黒字となることが見込まれています。昨年のブラジルの経済成長率は、1.5%でしたが、農業分野だけ見ると、経済成長率は8%でした。工業部門のマイナスを大きくカバーしています。

2003年1月〜5月までの5ヶ月間のブラジルの貿易収支は、80億ドルでした。輸出が大きく伸びたのは、大豆、食肉、コーヒー、鉄鉱石、パルプなど一次産品です。農業がブラジルの経済を引っ張っています。ヨ−ロッパ、アメリカでは、農業に利用可能な土地は、ほとんど開発され尽くしていますが、ブラジル、アルゼンチンなどでは、農業に利用できる土地がまだ多く残されています。これが、これからの南米の大きな利点になります。

 アルゼンチンでは、5月25日ネストル キルチネル氏の大統領就任式が行われました。中南米12カ国の元首が参加しました。キューバのカストロ議長が出席したことが話題になりました。キルチネル大統領はペロン党(与党、正義党)です。大統領就任演説では、国家再建の決意を述べ、公共投資による景気回復と雇用創出を強調し、貧困問題の解決、社会的不正義の撤廃、汚職の一掃に取り組むと宣言しました。

 今回の大統領選挙では、与党ペロン党からは、3人が立候補しました。元大統領のメネム氏、前サンタクルス州知事のキルチネル氏、暫定政権の大統領ロドリゲス サア氏の三人が立候補しました。4月27日に行われた大統領選挙の得票率は、メネム氏が24%で第1位、キルチネル氏が22%で第2位、サア氏は14%でした。ムルフィー候補(16%)とカリオ候補(14%)は既成政党に属さない、無党派の候補ですが、善戦しました。1999年前回の大統領選挙で躍進し、デラルア大統領を誕生させた急進党は得票率2%で、惨敗を喫しました。経済的失政により、全国的暴動が起き、任期中途で辞任した、デラルア前政権に対する失望がこの結果に明確に現れていました。結果は誰も45%以上の得票率がなく、大統領選挙はメネム氏とキルチネル氏の決選投票に持ち込まれました。

今回の大統領選挙に至るまでの過程を振り返ってみますと、2001年12月デラルア大統領が辞任し、2002年1月、上院下院の国会議員全員による投票で大統領を決める事となり、圧倒的多数でドゥアルデ大統領を選出しました。ドゥアルデ大統領は、次回大統領選挙を、任期期限満了前に前倒しして、2003年4月27日に行うと表明しました。今回の大統領選挙では、ドゥアルデ大統領は、ペロン党の大統領候補者として、キルチネル氏を指名しました。しかし、メネム元大統領もペロン党ですが今回再び立候補し、2001年12月に数日間暫定政権の大統領となった、ペロン党のサア‐氏も立候補しました。それで、ペロン党は三つに分かれて選挙活動をしました。

メネム元大統領は、ドゥアルデ政権の経済政策を批判し、ドゥアルデ大統領を個人的にも攻撃し、無能力者呼ばわりしました。メネム政権の時代に、ハイパーインフレを収束させ、アルゼンチン経済を躍進させた、メネム氏の経済手腕に期待する人々もいましたが、汚職事件、武器密輸事件に関わった疑惑があり、多くの人々から不信感を持たれていました。

決選投票の支持率世論調査では、70%以上がキルチネル氏を支持していることがわかり、最終的にメネム氏は、決選投票を辞退しました。

 新政権は、発足後間もなく、租税制度を改革し、外国企業がアルゼンチン国内に所有する資産に対して、0.5%の固定資産税を課税することを決定しました。

キルチネル大統領は、6月11日、ブラジルを訪問し、ルーラ大統領と会談し、メルコスル(南米南部共同市場)を強化すること、メルコスル議会を設立すること、通貨統合の為の通貨研究所を設立することなどの共同声明を発表しました。

ブラジルとの関係改善を優先していますが、その経緯は、1999年1月ブラジルは、変動相場制に移行し、1ドルが2レアルに下がり、輸出価格が半分になったことで、急激に輸出が伸び、アルゼンチンにもブラジル製品が洪水のように流入しました。アルゼンチンの製造業は大打撃を受け、ブラジルからの輸入には関税を引き上げるなどの輸入障壁を設けて対抗しました。その結果、両国の関係は互いに非難しあって、険悪な状態となりました。メルコスールも数年は休止状態となっていました。2002年1月アルゼンチンも変動相場制に変更を余儀なくされ、一時は1ドルが4ペソとなり、通貨ペソは価値が四分の一になりました。それで、輸出が伸びて、アルゼンチンの2002年の貿易収支は黒字となりました。ブラジルへの輸出も増えて、ブラジルとの関係は正常化されました。他方では、ドゥアルデ前政権下でのIMFとの債務繰り延べ交渉の難しさの中で、IMFやアメリカとの関係は冷え切ってしまいました。メネム政権下では、一時通貨をアメリカドルに代えようというドル化政策に傾斜し、財務省がそのプロセスを研究していた時期もありました。今はブラジルとの間で、共通通貨を作る案と、メルコスルの共通通貨を作る案を大統領が提唱しています。

 6月18日パラグアイのアスンシオンでメルコスルの首脳会議が開かれました。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビアの6カ国の大統領が参加し、ベネズエラのチャベス大統領も招待されて参加しました。2006年までに域内貿易の関税撤廃、人の往来の自由化など、市場統合を進めることを共同宣言しました。アメリカが提唱している南北米共同市場には、メルコスル共同市場が全体として対処するように提議がされましたが、チリはアメリカとの間において、既に二国間自由貿易協定を、6月6日調印していました。

アメリカは北米、中米、南米、共同市場(FTAA)作りを2005年までに実現したいと提唱していますが、ブラジル、アルゼンチンはアメリカ主導となるのを警戒しています。

6月20日、ブラジルのルラ大統領はアメリカを訪問し、ブッシュ大統領と会談し、ブラジルとアメリカの経済協力を強化し、FTAAの交渉に真剣に推進する決意を表明しました。ルラ大統領は、アメリカとの関係を重要視する姿勢を打ち出しました。 

6月23日、IMF(国際通貨基金)のマネジングディレクター(専務理事)のホルス ケーラー氏がアルゼンチンを訪問し、キルチネル大統領、ラバニャ経済財務大臣と会談しました。ケーラー氏は会談後、「キルチネル大統領は明確なビジョンを持っている。アルゼンチンはそれを実行すれば、国の強い成長を促し、国民の社会的結合を進めるでしょう」と語りました。そして、「アルゼンチンは、透明性と一貫性と予測可能性に基づいた信頼を構築する、戦略を作るべきです。」「国際投資家の信頼を回復する事は極めて重大な事です。その為には、財政収支の中期的改善計画作成、国内金融市場の強化、法的制度的改革の促進、が必要です。」「信頼できる、予測可能な魅力的投資環境を作る事は、国に持続的な成長をもたらすのみでなく、雇用を促進し、貧困問題を解決することにつながります。」と語りました。

 ファイナンシャル タイムズ紙によると、6月26日経済財政大臣のロベルト ラバニャ氏(ドァアルデ前大統領政権の経済財政大臣、現政権に留任)は、短期の投機的な資本の流動を規制すると発表しました。貿易に関係なく流入した資本は、最低180日は国外に持ち出すことが出来ない様に規制するということです。ニューヨークの金融市場関係者によれば、資本を規制することは、かえってアルゼンチン経済の弱みを見せる、誤った情報を市場に伝える事になる。今年1月からの半年間で、アルゼンチンペソは、ドルに対して約20%上昇し、短期資本流入は2月の5.26億ドルから5月には9.9億ドルに増加している。アルゼンチン経済が安定的に回復している状況の中で、このような規制を行うのは間違っていると言っています。

 7月2日ブラジル、サンパウロで、リベルタドーレス(南米クラブ対抗選手権大会)決勝戦、第2戦が行われ、ボカジュニア‐ズ(アルゼンチン)がサントス(ブラジル)に3対1で勝ち、優勝しました。 6月25日ブエノスアイレスで行われた、第1戦ではボカジュニア‐ズが2対0で、サントスに勝ちました。

ヨーロッパチャンピオンズシップ(ヨーロッパクラブ対抗選手権大会)に優勝した、ACミランと、12月、日本で行われるトヨタカップで戦って、クラブ世界一を決定します。

昨年のトヨタカップはヨーロッパのレアル マドリード(スペイン)と南米のオリンピア(パラグアイ)が世界一の座をかけて、12月3日、日本の横浜国際競技場で戦い、2対0でオリンピアは負けました。 2001年のトヨタカップは、ボカジュニア‐ズとドイツのバイエルン ミュンヘンとの戦いで、1対0でボカジュニア‐ズが負けました。やはりヨーロッパのサッカーチームの方が段違いに強いですが、2000年のトヨタカップでは、ボカジュニア‐ズがレアル マドリードと戦って、2対1で、勝ちました。