日本ウルグアイ友好親善協会、ニュースレターNo. 15

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2001年11

ウルグアイ初の日本庭園開園する。

日本-ウルグアイ修交80周年を記念して、9月24日、ホルへ バジェ大統領夫人の出席のもと、モンテビデオ市のブラネス美術館の裏庭に造成された、日本庭園の開園式が行われました。
日本庭園を、11月に見に行ってきました。ブラネス美術館の敷地は20ヘクタールくらいの大きさで、一般に開放されていて、公園のようになっています。敷地は住宅街の中にありますが、大きな木がたくさんあって、周囲からは独立して、林の中にある美術館という感じです。美術館の建物は100年以上たったような歴史を感じさせる古い物で、野外に多くの石造りの彫像が立ち、静かなとても良い雰囲気の小さな美術館です。
美術館の建物の外側を通って裏手に回ると、1ヘクタール弱の広さの日本庭園があります。萱葺きの屋根で出来た門があり、中央に10m四方くらいの萱葺き屋根の茶屋が建っています。門には、「平成苑」と、小泉首相により揮毫された、大きな表札が掲げられています。門の左横には、藤の花の藤棚があります。庭園の中に入ると、左の隅に4mくらいの高さの岩山が作られ、その頂上から水を流し、小さな滝を作っています。滝から落ちた水が小さな池を作り、その池の水が庭園の中央を流れる小川となり、庭園の右側の池につながっています。池には、小さな錦鯉が何10匹か泳いでいました。3人の先生に連れられて見学に来ていた、3クラス60人くらいの小学生が歓声をあげて、鯉を見ていました。入り口から茶屋に行く道は、池を跨いだ太鼓橋を通って行くようになっています。庭園には、アジサイの苗木とツツジの苗木がたくさん植えられています。2〜3年たって、木が大きくなったら、花がたくさん咲いてきれいになると思います。日本庭園はブラジルで造園業をしている、家田東穂さんがウルグアイの人達を使って作りました。パイサンドウ州からモンテビデオの観光に来たという、15人のグループの人達が、ガイドのおじさんの説明を熱心に聞いていました。門のところにガイドのおじさんが二人いて、無料で園内を案内していました。もう、日本庭園はモンテビデオの観光名所の一つになっています。   

大統領夫人 在ウ日本大使 (左から)モンテビデオ市長、大統領夫人、在ウ日本大使ご夫妻
大統領夫人より感謝状を受け取る家田さん

大統領夫人がまずはテープカット

その次は、在ウルグアイ日本大使が紀宮様に代わってテープカットしました。


 

 


 

 

11月22日ラディソン ビクトリア プラザ ホテルの4階会議室で、フィッシング トーナメントの結果を伝える記者会見が行われました。


チャンネル5テレビのアウトドア- スポーツ「Aire Libre」と釣りの専門雑誌で月刊誌「Uruguay Natural」と「Peska & Tourismo」の3社が取材に来ました。
日本の長崎県松浦郡田平町で、10月17日〜19日に行われた、第1回スポーツフィッシング ワールドチャンピオンカップに4名がウルグアイから参加しました。モンテビデオ市のセントロにある、カサ デ ぺスカという釣り道具店のオーナー達とその友人達です。ボートフィッシング部門では、各国3名の選手のみのエントリーでしたので、一人は記録係となり、マスコミ、記録係用の船で、競技中の船の周りを廻って写真、ビデオを取りました。私は船釣り部門競技委員会副委員長として、審判長の船に乗って、競技進行のお手伝いをしました。
ウルグアイは国別対抗の団体戦では、3位に入り表彰され、大きなトロフィーをもらいました。個人戦では、全員1回戦で敗退しましたが、1回戦の結果で、一人が10位に入り、表彰されました。
釣りトーナメントは、本来は磯釣り部門が4回戦、船釣り部門が3回戦の予定でしたが、17日に台風が来て、海は大荒れになり、大幅にスケジュールが狂いました。18日台風が過ぎても、海は4メートルくらいのすごい波が立っていました。
磯釣りで五島列島に渡る船は大きく、多少荒れていても、島までとにかく行ってみようと、出港しました。三台の船に48人が乗って行きました。試し釣りはできませんでしたが、18日、19日の二日間で、3人グループで対戦して、1人が上に上がるトーナメント方式で決勝戦まで行うことが出来ました。
他方、船釣り部門では、18日は海が荒れて、波は高く、潮の流れが早く、船が出港できませんでした。それで、19日一日で決勝戦までやってしまうために、試し釣りはできず、1回戦は九台の船を使って、一台の船に5人乗って対戦し、各船一人が決勝戦に進む方式を取りました。決勝戦は二台の船に9人が乗って、全員の釣り果で順位を決める方式を取りました。
両部門とも、なんとか釣りトーナメントを実施して、順位を決める事ができました。
トーナメントの結果は次ぎのようでした。
1st Sport Fishing World Champion Cup In Nagasaki, Japan 2001. 10. 17-20
(第1回スポーツフィッシング ワールドチャンピオンカップ長崎10月17〜20日)

(船釣り部門) 

個人戦順位 決勝戦で釣った魚の総重量
1, : Allan J. Ristori (USA)  5.81 kg
2, : Melven Aliven (Marshalls)  5.44 kg
3, : Rockey Foo Chunfung (Australia)  4.85 kg
4, : Tak Shing Lee (Australia)  3.58 kg
5, : Okitave Otshudi Emery (Congo)  3.40 kg
6, : James P.C Bing (Marshalls)  2.90 kg
7, : Christopher H Bruce (Australia)  2.54 kg
8, : Felipe Paredes Bogado (Paraguay)  2.13 kg
9, : Odoyo Wilfred Onyanyo (Kenya)  0.73 kg
10, : Sebastian Cerisola Nunez (Uruguay)  3.27 kg(1回戦)

 

(船釣り部門)

国別対戦順位  釣った魚の1人当り平均重量
1, : Marshlls        3.58 kg/p
2, : Palau       2.00 kg/p
3, : Uruguay        1.69 kg/p


 (磯釣り部門)

個人戦順位   各回戦で釣った魚グレの総重量
1, : Akira Miyagawa (Japan)  1.29 kg(決勝戦)
1, : Keiji Shibahara (Japan)  1.29 kg(決勝戦)
3, : Sanjun Ko (Korea)  0.20 kg(決勝戦)
4, : Nobuya Rikitake (Japan)  0.55 kg(準決勝)
5, : Muneyuki Tateishi (Japan)   0(準決勝) 7.2 kg(2回戦)
6, : Kazuhisa Iwanaga (Japan)   0(準決勝)0.9 kg(2回戦)
7, : Yuji Ikenaga (Japan)  6.95 kg(2回戦)
8, : Kimdoung Sin (Korea)  3.50 kg(2回戦)
9, : Hironori Etou (Japan))  3.00 kg(2回戦
10, : Sungjin Yun (Korea)  2.10 kg(2回戦)

           

 (磯釣り部門)

国別対戦順位
1, : Japan
2, : Korea
3, : Chinese Taipei

(参加選手数)

船釣り部門では、40カ国の選手の参加が予定されていましたが、9月11日のアメリカ
に対するテロ攻撃と10月7日から始まった、アフガニスタンに対する空爆攻撃の影響で、参加者が激減しました。

 1, 船釣り部門:21カ国、39人の選手
2, 磯釣り部門:3カ国、48人の選手

(釣り競技対象魚)
1, 船釣り:えい、さめ、海ウツボを除く全ての魚
2, 磯釣り:グレ

写真

船釣り部門、個人戦表彰式

トーナメント各選手対戦組み合わせ表:船釣り右側、磯釣り左側、

磯釣り部門選手が五島列島に出発する船に乗船

磯釣り部門選手が乗船した船が出港

船釣り部門第1回戦、9台のボートで4時間の船釣り

ウルグアイ参加者

大会開会式、ウルグアイ選手入場

船釣り決勝戦、アメリカ合衆国選手(優勝)が小さなイトヨリ鯛を釣ったところ。

船釣り部門で各選手の釣った魚は老人ホームなど施設に寄付された。

船釣り部門、国別対戦表彰式、ウルグアイの3人の選手が右端

船釣り部門決勝戦、マーシャル諸島の選手が手前

 

 

 

2002年ワールドカップ サッカー大会の最後の出場国はウルグアイに決定


11月25日(日)ウルグアイは興奮に包まれました。ウルグアイ、モンテビデオのサッカー競技場で、ウルグアイ-オーストラリアの第2回戦が行われました。試合は3対0でウルグアイが勝ちました。
11月20日、オーストラリアで行われた第1回戦は、1対0でオーストラリアが勝ちました。第2回戦の結果、1勝1敗でタイになりましたが、勝ち点でオーストラリアに勝り、ウルグアイがワールドカップへの出場権を手にしました。
ウルグアイは南米地区予選でも苦戦し、7勝5敗6引き分け勝ち点27で、6位のコロンビアと同点でしたが、わずかに得失点差がウルグアイ6、コロンビア5で上まわり、ウルグアイが5位に入りました。
南米地区では、四位までがワールドカップの出場権を獲得でき、五位はオセアニア諸国の勝者と出場権をかけて、プレーオフで戦うことになっていました。南米の予選参加国は10カ国、各国2回戦の総あたりで戦いました。2000年3月から予選が始まり、2000年中で10回戦、2001年の11月までに8回戦と2年がかりの予選でした。
ウルグアイは今、国をあげて喜びに沸きかえっています。
南米地区予選の結果は、1位アルゼンチン13勝1敗4引き分け、2位エクアドル9勝5敗4引き分け、3位ブラジル9勝6敗3引き分け、4位パラグアイ9勝6敗3引き分けでした。そして5位ウルグアイ、6位コロンビア、7位ボリビア、8位ベネズエラ、9位ペルー、10位チリという結果でした。
これで、ワールドカップ出場国32カ国が全部決定しました。
アジアから日本、韓国、中国、サウジアラビア。ヨーロッパからフランス、ロシア、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ポーランド、クロアチア、スペイン、イタリア、イギリス、ドイツ、トルコ、スロバキア、アイルランド。北米、中米からアメリカ合衆国、メキシコ、コスタリカ。アフリカからは、カメルーン、ナイジェリア、セネガル、チュニジア、南アフリカ。