日本ウルグアイ友好親善協会、ニュースレターNo. 9,

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1128日(日)ウルグアイ大統領選挙の決戦投票が行われました。結果は、コロラド党のホルヘ バジェ(72歳)が114万票(約52%)を獲得して、次期大統領に当選しました。ホルヘ バジェの父親は、第二次世界大戦直後に大統領となった、ルイス バジェ大統領であり、その兄(ホルヘ バジェの伯父)は1903年に大統領となり12年間の施政で、社会福祉政策を進め、ウルグアイの民主主義の基盤を作ったと言われる、ホゼ バジェ オルドニュス大統領であり、名門の出身です。

フレンテ アンプリオ党(左翼拡大戦線)のタバレ バスケスは97万票(44%)を獲得しました。バスケスはモンテビデオの前市長です。今回の大統領選挙では、左翼拡大戦線の名前は使わず、エンクエントロ プログレシスタ(進歩主義の会)の名前で、選挙戦を戦いました。

1031日の大統領選挙では、エンクエントロ プログレシスタ党のタバレ バスケスが86万票(38%)で第1位、コロラド党のホルヘ バジェが70万票(31%)、ナショナル党のルイス ラカジェが48万票(21%)、ヌエボ エスパシオ(新しい空間―共産党)のラファエル ミッチェリーニが10万票(4%)で、過半数を獲得した候補者がいなかったので、決戦投票に持ち込まれました。

今回の大統領選挙での大きな特長は、フレンテ アンプリオ(左翼拡大戦線)の得票数の伸びが著しかったことです。軍事政権から民主政権に移行した最初の選挙であった1984年の大統領選挙では、フレンテ アンプリオは獲得票数は21%でしたが、今回は38%に伸びました。しかし、ナショナル党は、1984年の獲得票数35%から、今回は21%に減少しました。コロラド党も、1984年には41%であったものが、31%に減少しました。

アルゼンチンの大統領選挙も1031日にあり、ブエノス アイレスの現市長のフェルナンド デラ ルアが大統領に当選しました。現大統領のカルロス メネムのぺロン党(保守民族主義政党、創設者ペロン大統領の夫人がエバ ペロン、映画「エビータ」の主人公)は選挙に敗れました。1210日に新しい大統領の就任式がありました。

128日モンテビデオのラディソン ヴィクトリア プラザ ホテルで、メルコスールの自動車に関する共通貿易政策について、大統領会議がありました。アルゼンチンのメネム大統領にとって、最後の国際会議でしたが、最終合意に達せず、アルゼンチンの提案した、新しい合意ができるまで、現行の自動車貿易政策を継続することをブラジルが受入れ、解散しました。これはまさに、ブラジルとアルゼンチンの深刻な貿易摩擦を浮き彫りにしました。ブラジルのフェルナンド カルドゾ大統領は、帰国途上ブエノス アイレスに訪れ、フェルナンド デラ ルア 次期大統領を表敬訪問しました。